リズム…それは間隔への感覚、例えば電車や車にのっている時の振動もそう呼べるのではないでしょうか。車両側と路面側との「関係」にはそれらも生み出されており、一定の間隔にある車輪の並び(グローバル的)に対して、路面の状況はランダム…線路の継ぎ目などは駅など地域性(ローカル的)も含めて規則だったりする。聡明な方や勘に鋭いと「サイクルの恩恵によるリズムの構成」ってあたりは既に理解されたところだろうけど、この感覚に冴えていく。
もしかすると巷でのリズム「感」をリズム「勘」と錯覚してきたかもしれない。知っている事と出来る事との違いは...地面側や譜面側といった、より身体をメインとして移行していくステージに的な演奏家ミュージシャンに限ったことではなく、暮らしのペースや移動中のたミングなども含みます。生まれる前(胎児)にはリズムより自他(子宮とその中での自身の鼓動)を先天的に認識し得る、哺乳類はそうして存続してきた。
幼い頃の決心は何処まで伝わる...いや、届けられるのだろうか。一般には生成されるリズムではその間隔やペースでもって刻まれることでペースも保たれる。音声で発言したり文字で記載したり、内なることを表現した時点とは、葉自己への結果への起点だとも考えられる。けれど、もまたとある言葉にどのような反応をするのか、それには善悪や損得といった「欲」も含まれていたりする。そうした時、いったん外来語に置き換えてみたりすると、その言葉への距離とともにその反応もかわる。
1926年3月16日
「ヴィタ・サックヴィル=ウェスへの手紙」
にて
表現されたヴァージニア・ウルフの言葉
__前略__
リズムが何かってこと、そしてリズムは言葉よりはるかに深いところにある。
ある光景、ある感情が心のなかにこの波をつくりだすの。それにふさわしい文章を作るよりはるか以前に。
そして書くことで (というのが目下のところの信念なんだけれど) 人はこれをもう一度つかまえて、
動き出させて (この動きは一見したところ言葉とは何の関係もなく見えるの)、それからようやく
この波が心のなかで打ち寄せては砕け、逆巻くにつれて、それに合った文章を作っていくの。
でも、たぶん、また来年は違うことを考えているんでしょうけど。
この書籍には以下のように記されています
ウルフの言っているこのリズムとは何なのだろうか。散文は、はっきりした規則性を持つ拍子や反復的な韻律を徹底的に避けるものだ。
それなのに、散文に表面からは見えないほどのアクセントをずらした強勢のパターンがあるのだろうか。
それとも、ウルフの言うリズムは文のなかに統語法や、文同士のつながりや、段落の作り方のなかにあるだろうか。
__中略__
巧み書かれた小説には、非常にたくさんのリズムが盛り込まれている。
それが全部一緒になって、
リズム同士の対立法や強勢をずらしたシンコペーションや結合によって、
その小説固有のリズムを作り出すのであり、それは他のどの小説のリズムとも違う。
ちょうど人間の体のさまざまなリズムが相互にからみあい、その体、その人間独特のリズムを作りあげるのと同じである
典拠「ファンタジーと言葉」岩波書店
著:アーシュラ・K.ル=グウィン 訳:青木由紀子
律:Rhythm(柱/column,pillar) / 軸:Cycle(梁/Beam)
six toolkits for embodying the process ≒ steps
ここで扱っているのは、 答えではなく、 生の流れを壊さないための構えです。
意味を読まなくても構いません。 ただ、整った気配として触れてもらえたら十分です。
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